はじめに
講師紹介

価値設計論
価値とは何か?

先ほども話したように、DAOの設計にはその中心となる価値が必要です。価値とはステークホルダー、つまり運営にとって生み出したいもの、享受したいものを指します。
そのため、価値=金銭ではなく、もっと概念的なものが価値となることもあります。
僕が関わっているDAOの1つに「RULE MAKERS DAO」という組織があります。このDAOでは「市民がルールメイキングできる環境をつくること」を目的に活動しています。お金にはなりませんが、誰でもルールをつくれる社会の方がいいですよね。それを仕組みとして育てていこうという主旨の組織であり、人間同士のネットワークや活動に必要なツール、ルールづくりのためのナレッジを蓄積させています。
このように、このDAOの中では市民がルールメイキングできる環境が少しずつ構築されています。DAOの定めた価値が集まっているのがわかりますね。他の組織にこの価値を提供できるようになれば、さらにルールづくりの輪が広がっていくでしょう。
こちらも先ほどお話しましたが、DAOとは「価値の循環構造」であり、「価値を生み、循環させ、広げる仕組み」です。言い換えるなら、広げていく価値が見えないままではDAOは成立しません。
価値の不在・未定義によって起こる問題には、
- 意思決定がぶれる
- 協力が構造化されない
- 継続性が生まれない
などが挙げられます。
よって、最初に「価値とは何か」を見定めることがとても重要です。ここで見定めた価値がDAO設計の起点となっていきます。
機能的価値/情緒的価値
では、見定めるべき価値とは具体的にはなんでしょうか?
価値は機能的価値と情緒的価値の2種類に分けられ、どちらも設定されている必要があります。
機能的価値(Function):
- 目に見える成果や実利(例:泊まれる/食べられる/遊べる)
- 多くの場合、「お金を払う動機」となる
- DAOにおいては「参加・継続使用の理由」となる
情緒的価値(Emotion):
- 意味・共感・空気・文化・世界観
- その場に「居たい」と思える感覚を生み出す
- 単なる機能では説明できないが、「関与/貢献し続ける理由」になる
機能的価値が必要なのは直感的にもおわかりいただけると思います。リターンを受け取れることで、気持ちだけが報酬になる状況を防いでいます。ちなみにただ金銭をサービスに置き換えたものだけでなく、議員などの働きかけたい相手と交流の場を持てるなども機能的価値として数えられます。
しかし、単に「宿に泊まれる」「ご飯を食べられる」だけではあまり強い効果を持ちません。同じ機能を持ったホテルや飲食店は他にもあるからです。ここで情緒的価値が効果を発揮します。
これも僕の関わっている取り組みの1つなのですが、DAOプロジェクトの一環として小豆島の宿泊施設『囲み宿こはね』を経営しています。小豆島には入り組んだ「迷路のまち」があり、『囲み宿こはね』も少し変わったコの字型の古民家を改装したものです。
本来なら囲われていることは閉鎖的で暗い雰囲気を生んでしまうのですが、この古民家では「夜な夜な人が集まってきて談笑が起こっていた」という話を聞いています。そこからヒントを得て、『囲み宿こはね』では「囲まれている安心感と自然なコミュニティの場」を提供しています。
この話を踏まえて『囲み宿こはね』の価値を整理すると、次のようになります。
- 機能的価値(Function):泊まれる、経営合宿向け、サウナ、カフェ付きなど
- 情緒的価値(Emotion):囲まれる安心感
繰り返しになりますが、ただ使えるだけでは価値は選ばれません。製品やサービスが選ばれるには、共感や物語が必要です。逆に共感や物語を見出せる世界観があったとしても、それが使えるものでなければ長くは使われないでしょう。
情緒的価値に惹かれて人が集まり、その人々の利用によって機能的価値が働いて洗練される。その機能的価値の体験を通して、世界観といった情緒的価値への理解が深まる……。
この両輪が備わっていれば、価値は自ずと高まっていく。機能的価値と情緒的価値の2つがなければ、価値は活きた状態にはならないのです。
価値はどう設計できるのか?
それでは、価値はどうすれば設計できるのでしょうか?
僕が価値を設計する場合、まず情緒的価値を起点に考えます。世界観に合ったサービスは何かを考えて、より具体的な機能的価値へ落とし込んでいきます。
ここからは『囲み宿こはね』の価値設計を例としてお話していきます。
それにあたって、僕が普段している思考の順番を図にした「価値設計ワークシート」をお見せします。

まずは左の「価値の源泉」を充実させ、情緒的価値を考えます。
古民家のオーナーさんにヒアリングすると、「周りに親戚の家が何軒かあって、夜になるとこの本家に集まってくる」「集まって賑やかに絆を深める場であってほしいし、泊まってくれるお客さんにもそうした体験をしてほしい」という意見を聞くことができました。また改装を担当した建築家の方は「家の密集した小豆島ならではの和やかな音をあえて拾える設計にした」「宿泊するだけでもそこで生活しているような感覚が味わえる」と語っていて、こうした建築の意図も価値へと含められそうです。
他にも様々な情報を集めた結果、「価値の源泉」は次のようになりました。

この「価値の源泉」を凝縮し、情緒的価値としてまとめるとこうなります。
情緒的価値:
- どうなるか:複雑に入り組んだ迷路のまち、そしてコの字型の古民家に囲まれることで、外からの視線を遮りつつ、内側では自然と声がこぼれる安心感が生まれる。
- 端的には:囲まれる中で自然な声が生まれる
次に、この情緒的価値から繋げるように具体化し、現実的な方策に反映していきます。いきなり機能的価値には発展させず、情緒的価値を実現するには何をすべきなのか、その方針を固めましょう。
このとき、情緒を表す形容詞と機能を表す名詞の組み合わせでアイデアを出していきます。
情緒的反映:情緒(形容詞)× 機能(名詞)
- 囲める × いろり
- ラフに遊べる × ボドゲ
- 談笑が生まれる × ソファースペース
こうして情緒的価値を反映した空間が生まれましたが、この空間を構築するために必要な人たちがいます。出資者や利用者、スタッフなどです。そうした人々は何に共感してこの空間へとやってくるか、情緒的価値と情緒的反映を踏まえて考えます。
共感&貢献者:
- 「生き様」の宿った建築に共感する × 出資者
- 対話したい、時間を共有したい × 経営者・研修担当(利用者)
- 安心感をソフトからも届けたい × スタッフ
この価値観を持った人々は、こちらが集まってほしい人々でもあります。ではこの人々は何を求めているでしょうか。ここではニーズとペインに分けて需要を分析します。
ニーズは利用者が価値を体験するために求めるもの、ペインは実際の視点で考えたときの弱点となるものを指します。
機能的価値:
ニーズ:
- 島や宿のことを深く味わいたい
- 資料の投影など会議で使いたい
ペイン:
- 宿の近場にモーニングのある飲食店がない
- 日中に近場に体験がない
この需要を元に具体的な体験をつくっていくわけですが、ただつくると無機質になりがちです。情緒的価値と組み合わせ、世界観を保って機能に反映していきます。
機能的反映:情緒(形容詞)× 機能(名詞)
- 小豆島の「こえ」に触れられる × ツアー
- リラックスして話し合える × 会議ツール
- 島を味わえる家庭的な × モーニング
- 自分の「こえ」に向き合える × カフェ体験
機能的反映が見えたところでさらに必要なメンバーを整えると、価値設計ワークシートは次のようになります。

このように相互に繋げて考えることで、DAOで育むべき価値やDAOでやるべきことが見えてきます。価値の設計は、具体的な行動方針の決定にも繋がっているのです。